あちこちにある坂道、歴史を感じる地名、やたらと多い学校。文京区の街を歩いていると、ふと「なぜ?」と立ち止まりたくなる景色に出会います。
そうした景色のうしろに隠された面白いいきさつ。今回はそんな素朴な疑問を手がかりに、文京区の雑学を集めてみました。
文京区って、坂や神社が多いですよね。やっぱり歴史と何か関係があるんですか?
そうなんですよ。江戸時代の名残や土地の成り立ちが、今の街並みに残っているんです。
そう言われると、急に気になってきました……!
ふふ、気になりますよね。今回はそんな文京区の素朴な疑問を集めてみたので、一緒に覗いてみましょう!
「文京区」という名前はどうやって決まった?
「文京区」という名前、もともと存在しなかった?
「文京区」という地名、実は昔からあったわけではありません。
誕生したのは1947(昭和22)年。旧本郷区と旧小石川区がひとつになるとき、新しい区の名前を決める話し合いが行われました。
候補に挙がっていたのは、「春日区」「白山区」「湯島区」など、地元でおなじみの地名たち。もし「湯島区」になっていたら、今この街に抱くイメージも少し違っていたかもしれません。
そんな中で選ばれたのが、既存の町名ではない「文京区」でした。
東京大学をはじめとする学問の場があり、夏目漱石や森鴎外といった文人たちが暮らした街。そんな“文教の地”としての歩みと、これからの街への期待を込めて生まれた名前だったのです。
この街らしさを表すためにあつらえられた名前が「文京区」。そう知ると、いつもの街の響きが少しだけ特別に思えてきませんか?
「後楽園」の“後楽”ってどういう意味?

「後楽園」の“後楽”に込められた、水戸徳川家のカッコいい覚悟
「後楽園」と聞くと、東京ドームの熱気や遊園地の歓声を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。今やすっかり賑やかなお出かけスポットですが、そもそも「後楽」って、少し不思議な言葉ですよね。
この名前のルーツは、中国の古い教えにある「先憂後楽(せんゆうこうらく)」という言葉です。現代風に解釈すると、「世の中の人より先に心配し、人々が楽しんだあとで自分も楽しむ」という考え方です。
小石川後楽園を完成させた水戸徳川家二代藩主・徳川光圀は、明の儒学者・朱舜水の影響を受け、この「先憂後楽」を自らの政治的信条としました。庭園の「後楽」という名にも、その考えが込められています。
「あとで楽をする」という意味ではなく、まずは人々の暮らしを考え、自分の楽しみはそのあとにする。そんな為政者としての覚悟が、「後楽」という二文字に表れているのです。
その精神が刻まれた庭園の名は、やがて周りの町名や駅名となり、現代の私たちにも親しまれるようになりました。
休日に人々が思い思いに楽しむ後楽園の風景。もしかすると、当時の殿様たちが思い描いていた「人々が楽しんだあとの世界」は、まさに今のこの街の姿なのかもしれませんね。
文京区には本当にJRの駅がない?

文京区の中にはJRの駅がひとつもありません。
23区の真ん中あたりに位置していながら、山手線や中央線などのJR路線は、文京区を囲むようにすぐ外側を通っています。
「JRがない」と聞くと少し意外ですが、これは電車が少ないわけではなく、東京の鉄道網が形づくられていく中で、JRの前身となる路線が現在の文京区内を通らなかったためです。
山手線も中央線も、最初から現在のルートを目指して作られたわけではありませんでした。山手線はもともと、当時すでに市街地化していた東京の東側を避け、西側に敷かれた路線で、その後ほかの路線とつながりながら現在の環状線になりました。
一方の中央線も、まずは新宿―立川間を結ぶ路線として開通し、そこから少しずつ都心方向へ延びていきました。こうした整備が進む中で、山手線は文京区の西側を、中央線は南側を通るようになり、結果的に区の中を通るルートにはなりませんでした。
さらに文京区は、台地と谷が複雑に入り組む坂が多いエリアです。こうした起伏のある地形も、鉄道を敷くうえで無関係ではありませんでした。
つまり、文京区を意図的に避けたわけではなく、明治以降の鉄道整備の歴史に、文京区特有の地形が重なった結果が現在の姿なのです。
JR駅ゼロなのに、文京区は「山手線の内側」って本当?
本当です。山手線はJRの路線ですが、JR駅がひとつもない文京区は、環状線である山手線が描く「輪」の内側に位置しています。
「山手線の内側」といえば、まさに東京の都心そのもの。文京区の多くのエリアも、まさにこの範囲に該当します。
JRの線路や駅をひとつも持たないまま、位置としてはしっかり都心部。文京区はなかなか不思議な場所にあります。
文京区が「坂の街」になったのはなぜ?

文京区に「名のある坂」が100以上もある理由
文京区を歩いていると、あちこちで坂に出会います。区の資料によると、名前が付いている坂だけでも100以上。これだけ坂が多いのは、文京区が武蔵野台地の東端に位置していることと深く関係しています。
縄文時代の末期、およそ3000年も前から、神田川などは時間をかけて台地を削り、いくつもの谷をつくってきました。現在の本郷台や小石川台、小日向台といった高台と谷が複雑に入り組む地形も長い歳月をかけて形づくられてきたものです。
そして、高台と谷を行き来する人々が歩いた道は、やがて荷車が通り、道路として整えられていきました。そうした道が高低差のある地形に沿って残ったことで、文京区には数多くの坂道が生まれたのです。
そう思って歩くと、いつもの坂道にも3000年という時間の重みが感じられるのではないでしょうか。
文京区にはなぜ大学や学校が多い?

文京区といえば、東京大学にお茶の水女子大学、東洋大学……と、とにかく大学や学校が多い街というイメージがありますよね。
なぜこれほど教育機関が集まったのか。その理由をたどると江戸時代までさかのぼります。
現在の文京区一帯は、江戸時代から明治にかけて武家地や寺社地として使われていました。そして、明治以降にその広い土地が学校や教育施設へ転用されていった歴史があります。さらに、東京大学の前身となる教育機関が本郷に置かれたことで、周辺には学生や研究者、教育関係者が集まるようになりました。
こうして文京区は、土地の使われ方そのものが「学ぶ街」へと変わっていったのです。
なお、文京区には大学や学校が多く集まる一方で、大型繁華街はなく、チェーン店ばかりが立ち並ぶ通りもありません。こうした街の成り立ちについては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
▶文京区はなぜチェーン店だらけにならない?不便さの裏にある“治安の良さ”の正体
なぜ文京区は印刷・製本の街になった?
文京区は、昔から印刷・製本業が盛んな街です。小石川には、120年以上の歴史を持つ共同印刷の本社があり、音羽には講談社や光文社も本社を構え、今も出版・印刷に関わる企業が集まっています。
では、なぜ文京区にはこれほど「本をつくる仕事」が根づいたのでしょうか。
その理由は、文京区が「学問の街」として発展してきた歴史と深くつながっています。
明治以降、文京区には大学や学校が集まり、教科書や専門書、学術書などの需要が高まりました。本をつくるには、出版社だけでなく、印刷、製本、紙を扱う業者など、さまざまな仕事が必要です。こうした関連業者が近くに集まり、出版と印刷・製本が互いに支え合う形で発展していきました。
データでやり取りできる時代ではなかった頃、印刷した紙をすぐ隣の製本所へ運び、出来上がった本を出版社や学校へ届けるには、「お互いが徒歩圏内のご近所さんであること」が何より便利でした。
文京区を歩くと、今も路地の中に印刷所や製本所の看板を見かけます。大学や出版社のすぐそばで、日本の「学び」を支えるものづくりが続いてきた。文京区には、文教の街としての歴史と、本づくりの産業が今も地続きで残っています。
根津神社や湯島天満宮……文京区に古い神社が多いのはなぜ?

文京区には、根津神社、湯島天満宮、白山神社、牛天神北野神社など、長い歴史を持つ神社が数多く残っています。
これだけ古い神社が残っている背景には、江戸時代の土地の使われ方があります。江戸城に近い文京区一帯には、大名屋敷や武家屋敷が置かれ、寺社も各地に整えられました。神社や寺の周りには門前町が生まれ、人が集まり、やがて街そのものが発展していきます。
たとえば根津神社。根津神社の歴史は、現在の根津よりさらに古い場所から始まります。社伝によると、もともとは千駄木の地に祀られており、江戸時代には「根津権現社」と呼ばれていました。
その後、1706年に現在の根津へ遷座します。移転先は、もともと徳川綱重の屋敷があった場所で、のちの第6代将軍・徳川家宣が生まれた土地でもありました。
つまり、根津神社は300年以上前から今の場所にあり、その前にも千駄木で長い歴史を重ねていたことになります。現在の社殿の多くも江戸時代に整えられ、今も当時の姿を伝えています。
こうした長い歴史を持つ神社は、今では文京区の街歩きを楽しむ目的地にもなっていて、春の根津神社ではつつじ、湯島天満宮では梅、白山神社ではあじさいと、季節ごとに違った景色を楽しめます。
知るほどに味わい深い、文京区という街
地名の由来やあちこちにある坂道、大学や印刷所の歴史……。文京区には、普段なにげなく通り過ぎている景色の中に、この地で人が生きてきた歴史を感じられる物語がたくさんあります。
いつも通っている坂や駅名も、その由来を知ってから眺めると少し違って見えるものです。街を歩くときには、ぜひ「なぜここにあるんだろう?」という目線でも文京区を楽しんでみてください。
住まい探しでは、もう一歩深い「街のリアル」をお伝えします
「駅徒歩5分」とあっても途中に息の上がる坂があるのか、実は平坦に行ける抜け道があるのか。文京区のお部屋探しは、ネットの地図や数字だけでは見えてこないことの連続です。
長くこの文京区で暮らす人たちとお付き合いしてきたベステックスだからこそ、街の良いところはもちろん、物件選びで気をつけたい点や、暮らしてから気になりそうなことまで包み隠さずお伝えしています。
文京区でのお部屋探しは、ぜひベステックスにご相談ください。この街の楽しさも暮らし心地も、一緒にお話ししながら見つけていきましょう。
店舗情報
店舗名:株式会社ベステックス本郷三丁目駅前支店
営業時間:10時〜19時
定休日:水曜日
住所:東京都文京区本郷2-29-3(本郷三丁目駅から徒歩10秒)
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